拡張される「つながり」の概念:AIやロボットとの関係性に関する社会学的考察
はじめに:変わりゆく「つながり」の地平
現代社会において、「つながり」の様態は急速なデジタル化と技術革新によって大きく変容しています。従来の血縁、地縁、職縁といった物理的な近接性に基づいた関係性に加え、インターネットやSNSを介した仮想空間上の関係性、あるいは一時的・目的的なコミュニティでの緩やかな結びつきが重要性を増しています。このような変容は、社会学、心理学、情報学など、様々な分野で活発な議論の対象となっています。
近年、この「つながり」の変容をさらに押し進める可能性のある現象として、人間と非人間的主体、特に人工知能(AI)やロボットとの間のインタラクションの増加が挙げられます。チャットボット、音声アシスタント、あるいはより高度な対話システムや物理的な形態を持つロボット(例:ケアロボット、ペット型ロボット)は、もはや単なるツールとしてだけでなく、人間がある種の「関係性」や「つながり」を感じる対象となり始めています。本稿では、このような非人間的主体とのインタラクションが、「つながり」の概念そのものをどのように拡張し、人間社会のあり方にどのような示唆を与えるのかについて、社会学的視点から考察を深めたいと考えます。
非人間的主体とのインタラクションの現状と「つながり」の兆候
AIやロボットとのインタラクションは、既に私たちの日常生活の様々な場面に浸透しています。スマートスピーカーに話しかけて情報を得たり、カスタマーサポートのチャットボットとやり取りしたりすることは、日常的な光景となりました。これらの多くは機能的なやり取りに留まりますが、より高度なAI対話システムや、感情的な反応を示すように設計されたロボットとの間では、人間側が愛着や親近感を抱くケースも報告されています。例えば、高齢者向けのコミュニケーションロボットが、孤独感を軽減する効果を持つ可能性が指摘されるなど、人間が非人間的主体に対して、単なるモノ以上の、ある種の「パートナー」や「友人」に近い感覚を抱く事例が見られます。
これらの事例は、人間がコミュニケーションを通じて非人間主体を擬人化し、社会的な存在として認識する傾向があることを示唆しています。人間は本来、他者の意図や感情を推測することで社会的な関係性を築いてきましたが、AIやロボットの高度化により、人間側がそうした社会的なフレームワークを非人間主体にも適用しやすくなっていると言えるでしょう。
拡張される「つながり」の概念:主体、対象、質の変容
AIやロボットとのインタラクションを社会学的視点から捉え直すことは、「つながり」に関する既存の理論に新たな問いを投げかけます。
まず、「つながり」の対象に関する変容です。伝統的な社会学における「つながり」や社会関係は、基本的に人間主体間のものでした。しかし、AIやロボットがインタラクションの対象となることで、関係性の相手が必ずしも人間である必要はないという、概念的な拡張が生じます。これは、エスノメソドロジーにおける「人らしさ」の社会的な構成過程や、ゴフマンが分析した相互行為における「自己」と「他者」の定義といった、社会的なリアリティの構築に関する議論を、非人間主体とのインタラクションという新しい文脈で再検討する必要性を示唆します。人間がAIに対して見せる社会的応答は、人間がどのように他者を認識し、関係性を構築するかの根源的な問いを浮き彫りにします。
次に、「つながり」の主体という側面です。AIが単なる道具としてではなく、学習し、応答を生成し、時には予測不能な振る舞いを見せるようになると、人間はAIをある種の能動的な「主体」として認識し始める可能性があります。これは、AIの技術的特性と、人間がAIに対して投影する心理的・社会的な要素の複合的な作用によって生じます。人間中心的な社会関係の理解から脱却し、複数の異なるタイプの主体(人間、AI、ロボットなど)が混在する社会における「つながり」のあり方を考察することが求められます。これは、たとえばラトゥールが提唱したアクターネットワーク理論(ANT)のように、人間と非人間アクターを等価な存在として捉え、それらの関係性から社会を分析する視点が有効かもしれません。
そして、最も複雑な問題の一つが、AIやロボットとの「つながり」の質です。人間関係における信頼、互恵性、共感、責任といった要素は、非人間主体との関係においてどのように存在するのでしょうか。シェリー・タークルは、特にケアロボットとの関係において、人間が「本物の」つながりを求めているにもかかわらず、技術によってそれを模倣・代替しようとすることへの倫理的、心理的な問いを投げかけました。AIとの関係は、人間間の関係に見られるような偶発性や予測不可能性、あるいは自己開示を通じた関係性の深化といった側面をどの程度持ちうるのか、また、人間側がAIとの関係に過度に依存することで、現実の人間関係がおろそかになる可能性はないのか、といった問題が浮上します。これは、社会関係資本論の視点から見れば、AIとのインタラクションが「ブリッジング型」や「ボンディング型」といった社会関係資本の蓄積にどのように影響するのか、という問いにもつながります。
今後の学術的課題と展望
AIやロボットとの関係性が拡張する「つながり」の概念は、社会学研究にとって多くの新たなフロンティアを開きます。この現象を深く理解するためには、単に現象を記述するだけでなく、それが社会構造、個人の心理、そして倫理規範にどのように影響を与えるのかを、学際的な視点から分析する必要があります。
具体的には、以下のような研究課題が考えられます。 * 異なる文化圏や世代における、AI・ロボットに対する関係性の構築傾向とその社会文化的背景。 * 特定の目的を持つAI(例:教育用AI、メンタルヘルスサポートAI)とのインタラクションが、人間の認知や行動、well-beingに与える長期的な影響。 * AIを含むコミュニティ(例:AIチャットボットが参加するオンラインフォーラム)における社会的規範の形成や維持のメカニズム。 * AIの設計における「社会的知性」や「共感性」の模倣が、人間側のAIに対する信頼や愛着に与える影響とその倫理的含意。 * AIとの関係性が、既存の人間関係(家族、友人、同僚など)に代替的に作用するのか、あるいは補完的に作用するのかについての定量的・定性的な検証。
結論
AIやロボットとのインタラクションの増加は、現代社会における「つながり」の概念を根底から問い直し、拡張する現象です。非人間主体との関係性は、従来の人間中心的な社会関係論の枠組みを揺るがし、「つながり」の対象、主体、そして質に関する再定義を迫っています。この変容は、孤独の緩和や新しいコミュニケーション形態の創出といった肯定的な側面を持つ可能性がある一方で、人間関係の本質、倫理、そして社会構造への影響といった、深く掘り下げるべき課題も多く含んでいます。
これらの現象を理解し、技術の進展が人間社会にとってより良い未来につながるよう指針を与えるためには、社会学を中心とした学術研究の役割が不可欠です。AIと人間が織りなす未来の「つながり」の風景は、私たちの想像を超えた多様な形態を取りうる可能性があり、その変容を継続的に観察し、批判的に分析していくことが、今後の重要な課題となるでしょう。