デジタル社会における「つながりの儀礼」の変容に関する社会学的考察
はじめに:変容する「つながり」と儀礼の視角
現代社会は、デジタル技術の爆発的な普及とグローバル化の進展により、人間関係のあり方が急速に変化しています。物理的な距離の制約が緩和され、時間や場所にとらわれないコミュニケーションが可能になった一方で、人間関係の流動化、一時化、あるいは希薄化といった現象も指摘されています。このような状況下で、「つながり」を維持し、関係性を構築・強化するためには、どのような社会的なメカニズムが機能しているのでしょうか。
本稿では、この問いに対し、「儀礼」や「習慣」という社会学的な視点からアプローチを試みます。ゴフマンが日常的な相互作用の中に「儀礼」を見出し、それが社会的秩序や自己肯定感の維持に不可欠であると論じたように(Goffman, 1967)、人間関係は単なる機能的な情報のやり取りだけでなく、シンボリックで反復的な行為によって支えられています。挨拶、贈答、共食、あるいはオンラインでの「いいね」や絵文字による応答といった日々の営みは、関係性の基盤を築き、感情的な絆を育む上で重要な役割を果たしています。
しかし、デジタル化が進展した現代社会において、これらの「つながりの儀礼」は質的・量的に変容を遂げています。物理的な対面を前提とした伝統的な儀礼が変化する一方で、デジタル空間特有の新しい儀礼も出現しています。本稿では、このデジタル社会における「つながりの儀礼」の変容に着目し、それが現代の社会関係やコミュニティにどのような影響を与えているのかを社会学的視点から考察することを目的とします。
「つながりの儀礼」の概念化と伝統的機能
「つながりの儀礼」とは、人間関係を維持、構築、または強化するために、個人間あるいは集団内で行われる定型的、反復的な相互作用を指します。これは、デュルケームが論じた集合的沸騰を伴う大規模な儀礼とは異なり、ゴフマンが分析したような日常的な「相互作用儀礼」(Interaction Rituals)に焦点を当てます。相互作用儀礼は、参加者が特定の場を共有し、相互に注意を向け、感情的な同調を経験することで、一時的な連帯感を生み出すとともに、自己の「顔」(face)を維持・修復する機能を持つとされます。
伝統的な社会、あるいは物理的な近接性が重要であった時代において、「つながりの儀礼」は以下のような機能を果たしていました。
- 関係性の確認と強化: 日常的な挨拶や近況報告、贈答などの反復行為は、関係が続いていること、相手を気にかけていることを示し、関係性の存在を確認し強化する。
- 感情的な絆の醸成: 共食や共に時間を過ごすといった経験共有は、感情的な同調を生み出し、親密さや信頼感を育む。
- 社会的規範の共有と維持: 儀礼化された行動様式は、集団内の暗黙の了解や規範を伝え、共有する媒体となる。
- 帰属意識の向上: 特定の儀礼や習慣を共有することは、自分がその集団やコミュニティの一員であるという意識を高める。
- 関係性の境界設定: 儀礼の実施頻度や形式は、関係性の親密さやタイプを示す指標となり、関係性の境界を暗黙のうちに設定する役割も果たす。
これらの機能を通じて、「つながりの儀礼」は社会関係資本の維持・蓄積に寄与し、個人のウェルビーイングや社会統合の基盤を形成してきました。
デジタル環境における「つながりの儀礼」の変容
デジタル技術、特にソーシャルメディアやメッセージングアプリの普及は、「つながりの儀礼」のあり方に抜本的な変化をもたらしています。その主な特徴として、以下の点が挙げられます。
- 非同期性と持続性: 対面での儀礼は通常、特定の時間と場所を共有する中で発生しますが、デジタルコミュニケーションにおいては、メッセージの送受信や「いいね」といった反応は非同期で行われ得ます。また、これらのやり取りはデジタル記録として残り、後から参照可能です。これは、関係性の確認が「リアルタイムの相互作用」から「持続的な痕跡の蓄積」へとシフトする可能性を示唆しています。
- 可視性と定量化: ソーシャルメディア上の「いいね」数、フォロワー数、コメント数などは、関係性の活発さや社会的評価の一部を可視化・定量化します。これにより、「つながりの儀礼」がパフォーマンスの側面を帯びる可能性や、量的な指標が関係性の質を測るかのように扱われる危険性が生じます。L.ベネットが提唱した「コネクティブ・アクション」における緩やかな連帯も、このような可視化された相互作用の集積によって成り立っている側面があります(Bennett & Segerberg, 2013)。
- 形式の多様化と記号化: スタンプ、絵文字、ミームといった新しいコミュニケーションツールは、複雑な感情や意図を簡潔な記号で表現することを可能にしました。これらは、伝統的な非言語コミュニケーションの一部を代替・変容させる新たな「儀礼的記号」として機能しています。例えば、特定のスタンプの多用が集団内の親密さを示すといった現象は、ルーマンのコミュニケーション理論における「コード化」とも関連付けて考察可能です。
- プライベートとパブリックの境界曖昧化: かつては私的な領域で行われることが多かった「つながりの儀礼」(例:友人間の些細なやり取り)が、SNSを通じて半ば公的な空間で行われるようになりました。これにより、「つながりの儀礼」が自己呈示の機会となり、潜在的な観察者(フォロワーなど)を意識した行動が促される可能性があります。
- アルゴリズムによる影響: プラットフォームのアルゴリズムは、ユーザーに表示される情報や推奨されるつながりを操作します。これにより、意図しない出会いや、逆に特定の関係性からの孤立が生じ得ます。アルゴリズムが「つながりの儀礼」の機会や形式に影響を与え、人間関係の自律的な構築プロセスに介入する可能性も考慮する必要があります。
変容がもたらす影響と課題
デジタル環境における「つながりの儀礼」の変容は、個人の社会関係、ウェルビーイング、そして社会構造全体に複雑な影響を与えています。
肯定的な側面:
- 物理的な制約を超えた関係性の維持・再活性化:遠隔地の友人や家族との日常的な交流が可能となり、地理的な障壁を超えたコミュニティ形成を促進する。
- 多様な関係性の可能性:特定の趣味や関心を共有する人々が容易につながり、ニッチなコミュニティ内での新しい「つながりの儀礼」を生み出す。
- 関係性維持コストの低減(一部):物理的な移動や時間調整なしに、簡単な操作で関係性を確認・維持できる場合がある。
否定的な側面:
- 儀礼の形式化と感情労働:デジタル上での定型的な応答(例:「マメな返信」「全ての投稿への『いいね』」)が義務感や疲労(「つながりの疲労」)につながり、儀礼が内実を伴わない形式的なものになる危険性。ホックシールドの感情労働論が参照できるかもしれません(Hochschild, 1983)。
- 関係性の浅薄化:表面的な交流(例:定型的なコメントの交換のみ)に終始し、深い共感や相互理解に基づく関係性の構築が困難になる可能性。
- デジタル格差による影響:デジタルツールへのアクセスやリテラシーの有無が、「つながりの儀礼」への参加機会や関係性維持能力に格差を生じさせる。
- 監視と自己規制:デジタル上での「つながりの儀礼」が記録され、他者やアルゴリズムに評価される可能性から、自己呈示や発言に過度な自己規制がかかる。フーコー的な権力論の視点も示唆的です(Foucault, 1975)。
これらの課題は、現代社会におけるソーシャルキャピタルのあり方そのものにも影響を与えかねません。例えば、グランヴェッターが論じた「弱いつながり」は情報伝達や機会獲得に有効ですが(Granovetter, 1973)、デジタル環境における弱いつながりを維持するための「儀礼」は、対面での偶発的な相互作用から生まれるものとは質的に異なる可能性があります。また、強力な「強いつながり」を維持・強化するための深い共感や相互理解を伴う儀礼を、デジタル空間でどのように代替あるいは補完できるのかも重要な問いです。
結論と今後の展望
本稿では、現代社会における「つながり」の変容を、「儀礼」や「習慣」という社会学的な視点から考察しました。デジタル化の進展は、伝統的な「つながりの儀礼」のあり方を大きく変容させ、非同期性、可視性、形式の多様化といった新しい特徴をもたらしています。これらの変容は、関係性維持の新たな可能性を拓く一方で、儀礼の形式化、感情労働の増大、関係性の浅薄化といった課題も生じさせています。
現代社会における「つながりの儀礼」の考察は、単にコミュニケーション様式の変化を追うだけでなく、社会関係の基盤、感情の共有、社会的規範の維持といった、より根源的な社会学的問いへと私たちを導きます。今後は、世代や文化、コミュニティのタイプによる「つながりの儀礼」の実践と変容の多様性に着目した比較研究、あるいはAIやVR/ARといった新しい技術が儀礼や習慣に与える影響に関する探求が求められるでしょう。また、「つながりの疲労」や関係性の希薄化といった負の側面に対する、個人のレジリエンスや新しい対処戦略としての「つながりの儀礼」の再構築についても、さらなる議論が必要と考えられます。
デジタル社会における「つながりの儀礼」は、私たちの日常生活に深く根差し、無意識のうちに社会関係を形作っています。この見えにくいメカニズムを解明することは、現代社会における人間関係の本質を理解し、より良い「つながり」の未来を構想するための重要な一歩となるはずです。
参考文献(示唆として、実際の記事では不要だが思考プロセスとして記載) * Goffman, E. (1967). Interaction Ritual: Essays on Face-to-Face Behavior. Anchor Books. (邦訳:ゴフマン, E. (2016). 相互行為の儀礼. 現代思潮新社。) * Hochschild, A. R. (1983). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. University of California Press. (邦訳:ホックシールド, A. R. (2000). 管理される感情. 世界思想社。) * Granovetter, M. S. (1973). The Strength of Weak Ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360-1380. * Bennett, W. L., & Segerberg, A. (2013). The Logic of Connective Action: Digital Media and the Personalization of Contentious Politics. Cambridge University Press. * Foucault, M. (1975). Surveiller et punir: Naissance de la prison. Gallimard. (邦訳:フーコー, M. (1977). 監獄の誕生. 新潮社。) * Luhmann, N. (1984). Soziale Systeme: Grundriß einer allgemeinen Theorie. Suhrkamp. (邦訳:ルーマン, N. (1995). 社会システム理論 上・下. 勁草書房。)