つながりの未来論

「多重帰属」が再編成する「つながり」の構造:デジタル社会におけるアイデンティティと社会関係資本の変容に関する社会学的考察

Tags: 多重帰属, つながり, アイデンティティ, 社会関係資本, デジタル社会, 社会学

はじめに:現代社会における「つながり」と多重帰属

現代社会において、「つながり」のあり方は劇的に変容しています。情報通信技術の発展、グローバル化の進展、そして社会構造の流動化といった要因が複合的に絡み合い、個人を取り巻く社会関係やコミュニティの性質は多様化・複雑化しています。かつてのような地縁・血縁、あるいは終身雇用を前提とした職場といった固定的で単層的な所属集団に基づく「つながり」に加え、オンラインコミュニティ、特定の趣味や関心を共有するネットワーク、期間限定のプロジェクトチームなど、多様で流動的な集団への所属が増加しています。

このような状況下で注目される概念の一つに、「多重帰属(Multiple Belongings)」があります。これは、個人が同時に複数の社会集団やコミュニティに所属し、それぞれの文脈において異なる役割やアイデンティティを使い分ける現象を指します。本稿では、この多重帰属という視点から、現代デジタル社会における「つながり」の構造がいかに再編成されているのか、そしてそれが個人のアイデンティティ形成や社会関係資本にどのような影響を与えているのかについて、社会学的な視点から考察を行います。

多重帰属概念の変遷と現代的意義

古典的な社会学においては、ゲマインシャフト(共同体)からゲゼルシャフト(利益社会)への移行といった議論に代表されるように、個人の所属は比較的固定的であり、単一あるいは少数の主要な集団への帰属が個人のアイデンティティや社会関係の基盤を形成すると考えられていました。しかし、近代化、都市化、そしてポスト近代への移行に伴い、個人の移動性(Geographical, Social, Psychological Mobility)は高まり、社会的な境界は曖昧化していきます。

ジグムント・バウマンが論じたような「液状化する近代」においては、従来の安定した構造や絆は溶解し、個人はより自由であると同時に、帰属の不安定さや流動性の中に置かれます。このような状況において、個人は単一の強固な共同体ではなく、多様な緩やかなネットワークや集団に同時に所属することで、自己のアイデンティティを構築し、社会的な資源を獲得しようと試みます。多重帰属は、このような現代社会における個人の「つながり」戦略や生存様式を捉える上で重要な概念となります。

特にデジタル社会は、空間的・時間的な制約を軽減し、地理的に離れた人々が共通の関心や価値観に基づいて容易につながることを可能にしました。オンラインゲームのギルド、特定の専門分野に関するSNSグループ、リモートワークによるバーチャルチーム、国際的なファンコミュニティなど、物理的な場所性を共有しない多様な集団への所属が一般的になりました。これにより、個人の多重帰属は質的・量的に深化し、その構造はより複雑になっています。

多重帰属が再編成する「つながり」の構造

多重帰属が進むことは、「つながり」の構造そのものに変化をもたらします。従来の「つながり」が、限定された集団内での濃密でホモフィリックな関係(バンディング型ソーシャルキャピタル)を重視する傾向にあったのに対し、多重帰属は異なる集団間を結ぶ「つながり」(ブリッジング型ソーシャルキャピタル)の重要性を増大させます。マーク・グラノヴェッターが指摘した「弱いつながりの強み(The Strength of Weak Ties)」は、このようなブリッジング型の「つながり」が情報の伝達や機会の獲得において重要であることを示唆していますが、多重帰属はまさにこの弱いつながりが網の目のように張り巡らされた状態を促進すると言えます。

個人は、それぞれの所属集団において異なる社会規範、コミュニケーションスタイル、期待される役割に直面します。例えば、職場でのプロフェッショナルな自己、趣味のコミュニティでのカジュアルな自己、家族との間での親密な自己、そしてオンライン匿名の場での特定のペルソナなどです。これらの異なる文脈を横断する中で、個人は自身の「つながり」を管理し、調整する必要があります。異なる「つながり」間での情報の漏洩を防いだり、特定の集団内で得た資源(情報、スキル、感情的サポートなど)を他の集団で活用したりといった行為は、多重帰属社会における個人の基本的なスキルとなります。

また、デジタルプラットフォームは、これらの多重的な「つながり」を視覚化し、管理するためのツールを提供しています。SNSにおける友人リスト、グループ機能、プライバシー設定などは、個人が自身の社会的なネットワークを意識的に構築・維持することを支援する一方、プラットフォームの設計自体が特定の種類の「つながり」や情報流通を促進・抑制する可能性も指摘されています(例:アルゴリズムによるフィルターバブル)。

多重帰属、アイデンティティ、そして社会関係資本

多重帰属は、個人のアイデンティティ形成にも深く関わります。複数の集団に所属し、多様な人々や価値観に触れることは、自己の多様性を探求し、より柔軟で文脈依存的なアイデンティティを構築することを促す可能性があります。一方で、異なる集団間での自己呈示の不一致や、それぞれの集団からの期待の衝突は、アイデンティティの拡散や葛藤を引き起こす可能性も孕んでいます。アーヴィング・ゴッフマンのドラマツルギー的視点から見れば、個人はそれぞれの「舞台」で異なる「役割」を演じますが、多重帰属は同時に複数の舞台に立つことの難しさと可能性を増幅させると言えるでしょう。

さらに、多重帰属は社会関係資本の蓄積と利用のパターンを変容させます。ロバート・パットナムの議論に基づけば、バンディング型ソーシャルキャピタルは集団内の結束を強める閉鎖的な資源であるのに対し、ブリッジング型ソーシャルキャピタルは異なる集団間を結びつけ、外部からの資源や情報をもたらす開かれた資源です。多重帰属は特にブリッジング型ソーシャルキャピタルの獲得を促進し、多様な機会へのアクセスや新しい視点の獲得につながる可能性があります。しかし、浅く広いつながりばかりが増え、深いつながりが希薄化することで、感情的なサポートや強い信頼に基づく資源が不足するといった課題も指摘されています。

また、デジタル環境における「つながり」から得られるソーシャルキャピタルの性質についても議論が必要です。イーサン・エリソンらの研究は、Facebook利用がブリッジング型ソーシャルキャピタルを増加させる可能性を示唆していますが、オンラインでの「つながり」は往々にして物理的なインタラクションを伴わないため、その信頼性やコミットメントの深さには多様性があり、従来の概念をそのまま適用することには限界があるかもしれません。

多重帰属がもたらす社会的な示唆と今後の課題

多重帰属の進展は、社会全体の統合と分断にも影響を与えます。異なる集団間に「つながり」を持つ個人が増えることは、集団間の相互理解や協力を促進し、社会的な分断を緩和する方向に働く可能性があります。しかし、逆に特定の価値観や関心で強く結ばれた排他的な多重帰属ネットワークのみが発達し、異なる意見を持つ集団との間に「つながり」が生まれない場合、それは社会的分断を深める要因ともなり得ます。近年問題視されるエコーチェンバー現象やフィルターバブルは、デジタル環境における多重帰属の負の側面を示唆していると言えるでしょう。

新しい形のコミュニティ形成も多重帰属から生まれています。地理的な制約を超え、共通の課題解決を目指すオンライン/オフライン混合の活動、特定の疾患を持つ人々のためのサポートネットワーク、あるいは移民やディアスポラといった越境する人々が複数の文化圏に所属しながら形成するコミュニティなどがその例です。これらのコミュニティは、個人の多様な側面を受け止め、従来の枠組みには収まらない新しい連帯の形を模索しています。

今後の研究課題としては、多重帰属をより厳密に測定し、その構造やダイナミクスを定量的に分析すること、異なる世代や文化圏における多重帰属の様態を比較すること、そして多重帰属が個人のウェルビーイングや社会参加にいかに影響するかを詳細に検討することなどが挙げられます。

結論

本稿では、現代社会における「つながり」の変容を「多重帰属」という概念を通じて考察しました。デジタル化、グローバル化、そして社会構造の流動化は、個人が複数の集団に同時に所属することを可能にし、これが「つながり」の構造、個人のアイデンティティ、そして社会関係資本のあり方を根本的に再編成しています。

多重帰属は、個人に多様な機会や資源へのアクセスをもたらす可能性を秘める一方で、アイデンティティの葛藤や、社会的分断を助長するリスクも持ち合わせています。従来の社会学的な「つながり」や共同体の理解だけでは捉えきれない、現代社会の複雑な人間関係を解明するためには、多重帰属という視点からの継続的な探求が不可欠です。

現代社会における「つながり」の未来を展望する上で、多重帰属が個人の生活や社会全体に与える影響を深く理解することは、学術的な意義のみならず、より良い社会を構築するための実践的な示唆をもたらすものと考えられます。