オンライン学習と対面学習の境界溶解がもたらす「つながり」のダイナミクス:教育における社会関係資本の変容に関する社会学的考察
はじめに:教育・学習環境における「つながり」の変容という課題
現代社会における教育・学習の形態は、デジタル技術の急速な発展と普及により、従来の物理的な教室空間に限定されない多様なあり方へと変容しています。特に、インターネットを介したオンライン学習の拡がりは、学習の時間・空間的制約を緩和し、アクセス可能性を高める一方で、教育という営みの根幹に関わる「つながり」の性質に質的・構造的な変化をもたらしています。伝統的に、教育は単なる知識伝達の場にとどまらず、教師と生徒、生徒同士の相互作用を通じた人間関係の構築、すなわちコミュニティ形成のプロセスを含んでいました。こうした「つながり」は、学習意欲の維持、困難への共同対処、規範の内面化、さらには社会関係資本の蓄積という点で、学習効果や個人の発達に不可欠な要素とされてきました。
しかし、オンライン学習の進展、そしてポストパンデミック時代に見られるような対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド型学習の常態化は、教育環境における「つながり」のあり方を根本的に問い直すことを迫っています。物理的な近接性や同期性が当然視されてきた関係性が、非同期性、空間的分散、そして時に匿名性を伴うデジタルな相互作用へとシフトする中で、教育における「つながり」はどのように変容し、それが学習プロセスや教育機関の機能、さらには社会全体にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。本稿では、この問いに対し、社会学、特に社会関係資本論やコミュニティ論、そして教育社会学の知見を参照しながら、教育・学習環境における「つながり」のダイナミクスと社会関係資本の変容について考察を進めます。
教育における伝統的な「つながり」と社会関係資本
教育における「つながり」は、学習者個人の成長のみならず、教育機関という社会システムの維持・発展においても重要な役割を果たしてきました。教室や学校といった物理的な空間は、学習者が特定の集団に所属し、共通の目標に向かって協働する中で、強い絆(strong ties)や弱いつながり(weak ties)といった多様な関係性を構築する基盤を提供しました。Charles Horton Cooleyの第一次集団論にみられるような、対面的な相互作用に基づく親密な関係性は、学習者の情動的サポートや規範学習において重要な機能を持っていたと言えます。また、James ColemanやRobert Putnamらが論じた社会関係資本は、教育における「つながり」の機能を理解する上で有効な概念枠組みを提供します。学校コミュニティにおける相互信頼、互恵性の規範、そしてネットワークの存在は、学習成果の向上、進路選択における情報獲得、そして地域社会への統合といった様々なリソースへのアクセスを促進します。教師と生徒の信頼関係、生徒同士のピアサポート、そして卒業生や地域住民とのネットワークといった多層的な「つながり」が、教育における社会関係資本を構成し、その機能を担保していたと考えられます。Durkheimが社会の統合原理として論じた集合的沸騰のような現象も、学校行事や部活動といった集団的な対面活動を通じて、特定の感情や規範が共有される過程として捉え直すことができるかもしれません。
デジタル化・オンライン化がもたらす「つながり」の変容
教育・学習におけるデジタル化、特にオンライン学習の普及は、従来の「つながり」のあり方に質的・構造的な変容をもたらしています。
第一に、時間と空間の制約からの解放は、「つながり」の同期性と物理的近接性を相対化させました。非同期的なコミュニケーションツール(掲示板、チャットなど)の活用は、学習者が自身のペースで、場所を選ばずに他者と繋がることを可能にしました。これにより、地理的な制約や時間的な都合による参加の障壁が低下し、多様な背景を持つ学習者とのネットワーク構築の可能性が広がりました。しかしその一方で、物理的な空間を共有することから生まれる偶発的な出会いや、非言語情報が豊富に含まれる対面コミュニケーションの機会は減少しました。これにより、学習者の感情状態の把握や、微妙なニュアンスを含むコミュニケーションが困難になる場合があります。
第二に、関係性の質的な変化が生じています。オンライン環境では、テキストベースのやり取りが多くなる傾向があり、自己開示の度合いや関係性の深まり方が対面とは異なります。匿名性や擬名性の利用は、特定の話題については本音を話しやすいという側面を持つ一方で、関係性へのコミットメントを低下させたり、炎上や誹謗中傷といった非社会的な行動を誘発したりするリスクも抱えています。また、オンライン環境での自己呈示(Goffmanの提示する概念をデジタル空間に適用した場合)は、プロフィールの設定や投稿内容といった限定された情報を通じて行われ、対面における全体的な雰囲気や態度といった要素が欠落しやすくなります。これにより、相互理解のプロセスが変化し、時に誤解や不信感を生む可能性があります。
第三に、ネットワーク構造の変化が見られます。従来の教育環境では、クラスや部活動といった固定的な集団が中心となり、強い絆が形成されやすい構造でした。しかしオンライン環境では、特定の学習課題や興味関心に基づいて柔軟なネットワークが形成されやすくなります。これは、Granovetterがその重要性を指摘した弱いつながりの形成には有利に働く可能性があり、多様な情報や機会へのアクセス拡大に寄与しえます。例えば、MOOCs(Massive Open Online Courses)のようなプラットフォームでは、世界中の学習者が特定のコースを通じて一時的な「つながり」を持ち、知識や経験を共有することが可能です。しかし、こうした弱いつながり中心のネットワークは、共同での困難克服や深い相互扶助といった、強い絆が担ってきた機能を発揮しにくいという側面も持ち合わせています。
オンライン/対面の境界溶解とそのダイナミクス
今日の教育・学習環境は、純粋なオンラインまたは対面という二分法ではなく、両者が混在し、境界が溶解しつつあるハイブリッドな状態が主流となりつつあります。この境界溶解は、「つながり」のダイナミクスに新たな複雑性をもたらしています。
ハイブリッド環境では、学習者は物理空間とデジタル空間を行き来しながら関係性を構築・維持する必要があります。例えば、対面授業で知り合ったクラスメイトとオンラインツールで課題について議論したり、オンラインで開催されるイベントを通じて新たな学習者と繋がったりといった形で、複数の空間が関係構築に利用されます。この際、各空間の特性(対面:身体性、非言語情報豊富、偶発性高。オンライン:時間・空間的柔軟性、情報共有容易、記録性高)に応じた「つながり」の使い分けや組み合わせが重要となります。
しかし、これは同時に課題も生じさせます。例えば、オンライン上では活発なコミュニケーションを取れても、対面では消極的になってしまう学習者もいるかもしれません。また、対面での「つながり」が希薄な学習者が、オンライン上でも孤立してしまう可能性も考えられます。教育機関は、これらの異なる空間における「つながり」構築のメカニズムを理解し、両空間を横断するような関係性、あるいは各空間に特化した関係性の構築を支援する必要があります。社会関係資本の視点からは、異なる空間で形成されたネットワークが、学習者にとってどのように統合され、利用可能なリソースとなるのかを分析することが求められます。
変容がもたらす影響と今後の展望
教育・学習における「つながり」の変容は、学習者、教育機関、そして社会全体に多岐にわたる影響を及ぼしています。学習者にとっては、時間・空間の柔軟性が増す一方で、対面での偶発的な学びや深い人間関係構築の機会が失われる可能性があります。これにより、学習意欲の低下、孤独感、さらには特定の社会性の発達遅延といった課題が生じうるかもしれません。教育機関は、オンライン環境における学習コミュニティの設計、教員と学習者の新しい関係性の構築、そしてデジタルデバイドによる学習機会の不均等をいかに解消するかという課題に直面しています。社会全体としては、生涯学習の機会が拡大し、多様な学習者とのネットワーク形成が可能になる一方で、特定の学習コミュニティにおける規範共有や互助といった機能が弱まることによる社会統合への影響を懸念する声もあります。
今後の展望として、教育における「つながり」の研究は、オンライン/対面という二分法を超え、多層的かつ動的な関係性に着目する必要があります。単に技術を導入するだけでなく、それが人間関係や社会構造にいかに組み込まれ、どのような影響を与えるのかを、社会システム論や技術社会論の視点からも深く分析することが求められます。また、社会関係資本論を、物理空間とデジタル空間が交錯する現代の教育環境にどのように適用できるのか、その理論的深化も必要でしょう。例えば、オンラインで形成される弱いつながりが、特定の状況下では強い絆に匹敵、あるいは代替する機能を持つ可能性や、デジタル空間での評判や相互評価が新しい形態の信頼や互恵性として機能する可能性などが研究テーマとなり得ます。
結論として、教育・学習における「つながり」の変容は、単なる教育手法の変化ではなく、学習者の成長、教育機関の機能、そして社会のあり方に深く関わる社会学的課題です。オンラインと対面の境界が溶解する現代において、教育における「つながり」のダイナミクスを理解し、学習者が質の高い関係性を構築できるような環境を設計することは、今後の教育の未来を考える上で不可欠な視点であると考えられます。今後の研究は、この複雑な変容過程を多角的に捉え、教育における「つながり」の新たな可能性と課題をさらに深く探求していく必要があるでしょう。