つながりの未来論

パンデミックと気候変動が再定義する「つながり」:社会構造的脆弱性と新しい連帯の模索

Tags: パンデミック, 気候変動, つながり, 連帯, 社会学, レジリエンス, リスク社会

はじめに:グローバル危機と「つながり」の変容

現代社会は、予期せぬグローバルな危機に直面しています。新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの物理的な接触を制限し、日常的な「つながり」のあり方を一変させました。同時に、気候変動に起因する異常気象や生態系の変化は、地域コミュニティの持続可能性を脅かし、人々の間の既存の「つながり」を断ち切る可能性を内包しています。これらのグローバルな危機は、単に物理的な脅威であるだけでなく、社会構造そのものが持つ脆弱性を露呈させ、私たちが「つながり」と呼んできた関係性の基盤を根底から問い直す契機となっています。

本稿では、パンデミックと気候変動という二つのグローバル危機が、現代社会における「つながり」をどのように変容させているのかを社会学的な視点から考察します。これらの危機が露呈させた社会構造の脆弱性に焦点を当てつつ、人々の間に生じる孤立や分断といった負の側面だけでなく、困難な状況下で模索される新しい連帯の可能性についても論じたいと考えています。

危機が露呈させた社会構造の脆弱性:「つながり」の断絶と不平等

ウルリッヒ・ベックは、現代社会を「リスク社会」と呼び、近代化の進展が、かつてない規模と複雑性を持つリスクを生み出す構造を指摘しました。パンデミックや気候変動は、まさにこのリスク社会の典型的な現れであり、その影響は国境を越え、社会のあらゆる階層に及びます。しかし、これらの危機は一様に降りかかるのではなく、既存の社会構造が持つ不平等や脆弱性を増幅させる形で「つながり」に影響を及ぼします。

例えば、パンデミック下での移動制限やリモートワークへの移行は、デジタルインフラへのアクセスや情報リテラシーにおける格差を「つながり」の断絶として顕在化させました。デジタルデバイドは、単に技術的な問題に留まらず、教育、医療、雇用、そして社会的なコミュニケーションへのアクセスを制限し、既存の社会関係資本の維持や新たな「つながり」の形成を困難にしました。低所得者層、高齢者、障害者など、社会的に不利な立場にある人々は、物理的な孤立に加えてデジタル空間からの排除に直面し、社会的な「つながり」を喪失するリスクが高まったのです。

また、気候変動の影響、例えば自然災害の激甚化は、特定の地域コミュニティに壊滅的な被害をもたらし、物理的な環境だけでなく、その地域固有の人間関係や歴史に根差した「つながり」をも破壊します。災害後の避難生活やコミュニティの再建プロセスにおいては、事前の社会関係資本の蓄積がレジリエンスに寄与することが指摘されていますが、そもそも脆弱な社会経済的基盤を持つコミュニティでは、十分な社会関係資本が形成されにくく、危機発生後の「つながり」の再構築がより困難になります。このように、グローバル危機は、社会構造に内在する不平等と相互に作用し、「つながり」における格差を拡大させる傾向があります。

変容する「つながり」の様相:デジタル空間と新しい形態

グローバル危機は、物理的な制約が増す一方で、デジタル空間における「つながり」を加速させました。パンデミック下でのオンライン会議、リモート授業、ソーシャルメディアを通じた情報交換や交流は、物理的な距離を超えて人々を繋ぎ止める上で重要な役割を果たしました。しかし、このデジタル空間への急速な移行は、「つながり」の性質そのものに変容をもたらしました。

デジタルコミュニケーションは、対面における非言語的な情報や偶発的な出会いを減少させる可能性があります。情報の伝達は効率化される一方で、感情的なニュアンスや場の共有といった側面が失われがちです。また、アルゴリズムによる情報選別は、エコーチェンバー現象やフィルターバブルを引き起こし、特定の信念を持つ人々同士の「つながり」を強化する一方で、異なる意見や価値観を持つ人々との間の「つながり」を希薄化させ、社会的な分断を深める要因となることも指摘されています。

他方で、危機は新しい形の「つながり」を生み出す契機ともなります。共通の困難に直面した人々は、互助や連帯を模索し始めます。地域でのボランティア活動、オンラインでの情報共有グループ、医療従事者への支援ネットワークなど、自発的で目的志向的な「つながり」が数多く生まれました。これらの「つながり」は、既存の地縁・血縁といった伝統的な絆とは異なり、特定の課題や価値観を共有する人々によって形成される場合が多く、エミール・デュルケームが論じた「有機的連帯」が現代的な文脈で再構築されている側面を示唆しています。特に、気候変動のような長期的な危機に対しては、世代や国境を越えた新しい連帯の模索が不可欠となります。

レジリエンスと連帯の模索:「つながり」の再構築に向けて

グローバル危機に適応し、乗り越えていくためには、個人やコミュニティのレジリエンスが重要です。そして、このレジリエンスは、「つながり」、すなわち社会関係資本と密接に関連しています。脆弱性が露呈した社会構造の中で、「つながり」を維持し、あるいは再構築していくためには、意図的かつ戦略的な取り組みが必要となります。

一つには、デジタルデバイドの解消や、デジタルリテラシーの向上といったインフラ面の整備と教育が挙げられます。これは、デジタル空間における「つながり」の機会均等を確保し、誰もが危機下でも社会的に孤立しないための基盤となります。しかし、これだけでは十分ではありません。デジタル空間の限界を認識し、物理的な空間や対面での「つながり」の価値を再評価することも重要です。コミュニティスペースの確保、多様な人々が交流できる場づくりなど、意図せざる出会いや深い人間関係を育む機会を創出することが求められます。

また、危機を通じて露呈した不平等や脆弱性に対処するためには、社会的な連帯を強化する必要があります。これは、単に助け合うというレベルに留まらず、社会システム全体のあり方や資源の再分配にまで踏み込む議論です。例えば、気候変動対策においては、その影響を最も受けやすい人々や地域への支援、公正な移行(Just Transition)に向けた社会的な合意形成など、「つながり」を基盤とした包摂的な意思決定プロセスが不可欠となります。

新しい連帯の模索は、困難な状況を共有する中で生まれる「共苦」(common suffering)を基盤とする可能性があります。しかし、この「共苦」が排他的なアイデンティティや分断を深める方向に向かうリスクも存在します。ゆえに、多様性を包摂し、共通の人間的基盤に基づいた連帯のあり方を模索することが、今後の重要な課題となります。

結論:危機の時代における「つながり」の未来

パンデミックと気候変動というグローバル危機は、現代社会の「つながり」が持つ脆弱性と、それが既存の社会的不平等と密接に結びついている構造を鮮明に示しました。物理的な孤立、デジタル格差、コミュニティの破壊といった課題が浮き彫りになる一方で、これらの危機は、人々が新しい環境に適応し、困難を乗り越えようとする中で、デジタル空間や特定の課題を共有する中で生まれる新しい連帯の形態を模索する契機ともなりました。

危機の常態化が懸念される未来において、「つながり」を維持し、強化していくためには、社会構造の脆弱性に対処し、包摂的なレジリエンスを構築することが不可欠です。デジタルと物理空間のバランスを取りながら、多様な人々が対等に関わり、共通の課題に取り組むことができる社会関係資本をどのように育成・再分配していくのか。また、危機を通じて生じる「共苦」を、排他的な分断ではなく、包摂的な連帯へと昇華させるためには何が必要なのか。これらの問いは、今後の社会学および関連分野における重要な研究テーマとなるでしょう。グローバル危機は、「つながり」という人間社会の根源的な要素を再定義することを私たちに迫っており、その探求は始まったばかりと言えます。