プラットフォーム資本主義下における「つながり」の商品化:人間関係の経済的側面に関する社会学的考察
はじめに
現代社会における「つながり」のあり方は、デジタル技術の急速な発展と経済構造の変化によって大きく変容しています。インターネット、特にソーシャルメディアや各種デジタルプラットフォームの普及は、人々のコミュニケーション様式、コミュニティ形成、さらには経済活動そのものに決定的な影響を与えています。本稿では、この変容の中でも特に、プラットフォーム資本主義という新たな経済体制のもとで進行している「つながり」の「商品化(Commodification)」という現象に焦点を当て、その社会学的意味合いと影響について考察を深めていきたいと考えます。
古典的な社会学理論においても、人間関係や社会構造と経済活動との相互作用は重要なテーマでした。例えば、ゲオルグ・ジンメルは貨幣経済の浸透が人間関係の質や社会構造に与える影響を論じています。現代においては、デジタルプラットフォームが単なるコミュニケーションツールに留まらず、経済的な価値創造の主たる場となりつつある状況において、「つながり」という非市場的な側面がどのように経済システムに組み込まれ、変容していくのかを問うことは、現代社会の理解にとって不可欠な課題です。
本稿の目的は、プラットフォーム資本主義の構造的特性を踏まえ、個人間の「つながり」や社会的相互作用が、いかに経済的な価値を持つようになり、取引の対象として扱われうるのかを明らかにすることです。具体的には、この商品化がどのようなメカニズムで進行するのか、どのような具体的な事例において観察されるのか、そしてそれが個人、人間関係、さらには社会システム全体にどのような影響を与えているのかを社会学的な視点から分析します。
プラットフォーム資本主義と「つながり」のCommodification
プラットフォーム資本主義とは、デジタルプラットフォームを中核とする新たな資本蓄積の形態を指します。Nick SrnicekやShoshana Zuboffといった研究者が指摘するように、ここではデータが主要な資源となり、ネットワーク効果による寡占化が進みやすいという特徴があります。ユーザーの活動、相互作用、データ収集・分析が、新たな価値創造やビジネスモデルの基盤となります。
このプラットフォーム資本主義のもとで、「つながり」が商品化されるのは、主に以下のようなメカニズムによるものです。
- アテンション・エコノミー: プラットフォーム上のユーザーの注意(アテンション)が希少な資源となり、広告収入などの形で経済的価値に変換されます。このアテンションは、ユーザー間の「つながり」が生み出すコンテンツや相互作用(「いいね」「シェア」「コメント」など)によって惹きつけられます。つまり、「つながり」が生み出すエンゲージメントが、直接的な経済的価値の源泉となるのです。
- データとしての「つながり」: ユーザー間のつながり(友人関係、フォロー関係、インタラクションのパターンなど)そのものがデータとして収集・分析されます。このネットワーク情報は、個人の興味関心や行動を予測し、ターゲティング広告やレコメンデーション機能の精度を高めるために利用されます。ユーザーの「つながり」は、企業にとってマーケティングや製品開発に不可欠な「資産」として扱われます。
- 労働・消費における関係性の活用: ギグ・エコノミーにおけるサービスの提供や、インフルエンサー・マーケティング、ソーシャル・コマースなど、プラットフォーム上で行われる経済活動において、労働者と顧客、あるいは消費者間の「関係性」や「信頼」が、直接的に経済的取引の促進要因となります。ここでは、従来の経済活動では非市場的側面と見なされていた「人間関係」が、労働の手段や消費を促す装置として意図的に活用され、経済システムの中に組み込まれていきます。
Commodificationは、もともとKarl Polanyiが土地や労働力といった非商品的なものが市場経済に組み込まれていくプロセスを分析する際に用いた概念ですが、現代においては人間関係や感情、プライバシーといった、より個人的・社会的な側面までその対象を広げていると解釈できます。プラットフォーム資本主義は、まさにこのCommodificationの波を加速させ、「つながり」という人間存在の根源的な要素を市場原理の網の目にかけていると言えるでしょう。
Commodificationの具体的事例と社会的な影響
「つながり」の商品化は、様々なデジタルサービスや社会現象において観察されます。
インフルエンサー・マーケティングと「親密さ」の商品化
ソーシャルメディア上で大きな影響力を持つインフルエンサーは、企業の商品やサービスを宣伝することで収益を得ます。彼らの影響力の源泉は、フォロワーとの間に築かれた「信頼」や「親密さ」といった「つながり」です。フォロワーはインフルエンサーを友人や信頼できる情報源のように感じ、その推奨に基づいて購買行動を起こします。ここでは、本来個人的な感情や関係性であったはずの「親密さ」が、広告効果という経済的価値に変換され、取引の対象となっています。特にマイクロインフルエンサーの場合、限定されたコミュニティ内での強い「つながり」が収益の基盤となるため、より顕著に「親密さ」の商品化が進む傾向が見られます。
ギグ・エコノミーにおける「評価」と「関係性」の経済化
ライドシェアやフードデリバリーなどのギグ・エコノミーでは、労働者(ドライバー、配達員など)と顧客間の相互評価システムが導入されています。高評価を得ることは、次の仕事に繋がりやすく、収入に直結します。労働者は単にサービスを提供するだけでなく、顧客との良好な「関係性」を築き、高い「評価」を得るための感情労働を行うことが求められます。ここでは、労働の質だけでなく、「つながり」の中で培われる評判や人間的な応対といった側面が、経済的な成果に直接的に紐付けられています。これは、アーリー・ホックシールドが分析した感情労働が、デジタルプラットフォームを介して新たな形で経済システムに組み込まれた例とも言えます。
データ化される「つながり」とその利用
プラットフォームは、ユーザーが誰と繋がり、どのようなコンテンツに反応し、どのようにコミュニケーションを取っているかといった情報を収集・分析します。この「つながりデータ」は、個人の社会的ネットワーク構造や影響力を可視化し、マーケティング目的で利用されます。例えば、特定のインフルエンサーがどのようなネットワークを持ち、誰に影響を与えているかを分析し、企業のプロモーション戦略に活用するといった具合です。ユーザーは自身の「つながり」がデータとして抽出され、経済活動に利用されていることを必ずしも意識していません。これはShoshana Zuboffが「監視資本主義」の中で論じた、人間の経験がデータ化され、予測市場で取引されるという構造の一例です。
社会学的・倫理的な影響と課題
「つながり」の商品化は、個人や社会に様々な影響を及ぼします。
第一に、人間関係の質の変容です。関係性が経済的な「手段」や「資本」として捉えられる傾向が強まることで、関係性の本来的な価値、すなわち自己目的的な側面や非互換的な側面が損なわれる可能性があります。信頼や互恵性が、経済的なインセンティブによって歪められたり、計算ずくの関係性が蔓延したりするリスクも考えられます。ゲオルグ・ジンメルが貨幣経済下での人間関係の合理化を論じたように、デジタル経済はさらにその傾向を強める可能性があります。
第二に、プライバシーと監視の問題です。「つながり」がデータとして商品化される過程は、個人の行動や嗜好、社会的なネットワークが継続的に監視され、分析されることと表裏一体です。これは、個人の自律性やプライバシーを侵害する可能性を孕んでいます。
第三に、労働の新たな形態と搾取の可能性です。ギグ・エコノミーにおける感情労働や、「つながり」を維持・活用すること自体が労働の一部となる場合、それが適切に評価されず、「見えない労働」として搾取される構造が生まれやすいという指摘があります。労働者は自身の評判や評価を維持するために、常に「つながり」を意識した行動を強いられることになります。
第四に、社会的不平等の拡大です。「つながり資本」やデジタルプラテラシーの格差は、プラットフォーム経済における収益機会の格差に直結する可能性があります。「つながり」を経済的なリソースとして活用できる者とそうでない者との間で、新たな不平等が生じうる構造です。
しかし、こうしたCommodificationの流れの中に、新たな連帯や非市場的な価値が生まれる可能性もゼロではありません。例えば、プラットフォーム上で形成されたコミュニティが、互助的な活動を行ったり、特定の社会課題解決のために非営利で連携したりする事例も存在します。Nigel Doddがカール・ポランニーを再解釈し、市場原理が浸透する中でも社会が自己防衛的に非市場的な領域を再構築しようと試みる可能性を論じたように、デジタル空間においても同様の動きが見られるかもしれません。
今後の展望と研究課題
プラットフォーム資本主義下における「つながり」の商品化は、現代社会の深層を理解する上で避けて通れない現象です。この変容は、従来の社会関係資本論や社会連帯論、労働社会学、経済社会学といった分野の研究に新たな問いを投げかけています。
今後の研究においては、この商品化が長期的に個人のウェルビーイング、コミュニティのレジリエンス、さらには民主主義といった社会システム全体にどのような影響を与えていくのかを、継続的に観察・分析していく必要があります。また、「つながり」の商品化に対する個人の認識や抵抗の様式、そしてプラットフォーム設計や規制のあり方における倫理的な考慮についても、さらなる議論が求められるでしょう。
この「つながり」の経済化という複雑な現象は、単一の学問分野だけで捉えられるものではなく、社会学、経済学、情報学、心理学、倫理学など、多様な視点からの学際的なアプローチが不可欠であると言えます。本稿が、この現代社会における重要な変容について、読者の皆様の深い考察の一助となれば幸いです。