つながりの未来論

デジタル・ネットワーク時代におけるソーシャルキャピタルの再定義:新たな「つながり」の構造と機能

Tags: ソーシャルキャピタル, デジタルネットワーク, 社会学, 人間関係, コミュニティ

現代社会において、「つながり」は個人やコミュニティのウェルビーイング、さらには社会システム全体の機能にとって不可欠な要素であるという認識は広く共有されています。とりわけ、過去数十年にわたるデジタル技術、特にインターネットやソーシャルネットワーキングサービスの普及は、この「つながり」の形態、構築方法、そしてその機能に抜本的な変化をもたらしました。このような文脈において、社会学において長らく重要な概念として議論されてきた「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」もまた、その定義や測定方法を含め、現代的な視点から再検討される必要に迫られています。

ソーシャルキャピタル概念の古典的アプローチとその現代的課題

ソーシャルキャピタルは、ネットワーク構造やそこに含まれる資源が、個人の行為や集団の成果に影響を与えるという視点を提供する概念です。代表的な研究者として、ネットワーク構造内の資源に着目したピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)、信頼、規範、ネットワークの構造が集合行為を可能にすると論じたジェームズ・コールマン(James Coleman)、そして市民社会における参加やネットワークを通じて形成される、地域社会の結束や活力を強調したロバート・パットナム(Robert Putnam)らが挙げられます。

パットナムは特に、共通の興味関心に基づく緩やかな「ブリッジング型ソーシャルキャピタル」と、同質性の高い集団内部の強固な「ボンディング型ソーシャルキャピタル」を区別し、それぞれが異なる社会的機能を持つことを示しました。これらの概念枠組みは、長らく対面コミュニケーションや物理的な近接性に基づくコミュニティを主な対象として発展してきました。

しかし、デジタル・ネットワークが日常に深く浸透した現在、これらの古典的な概念をそのまま適用することには限界が生じています。デジタル空間における「つながり」は、物理的な距離や時間、さらには匿名性の制約を越える一方で、非同期性、希薄なコミットメント、自己呈示の偏り、アルゴリズムによるフィルタリングといった新たな特性を持ち合わせています。これらの特性は、ソーシャルキャピタルの構築、維持、そしてその機能発現のメカニズムを質的に変化させていると考えられます。

本稿では、デジタル・ネットワークがソーシャルキャピタルの構造と機能にどのような変容をもたらしているのかを学術的な視点から考察し、その再定義に向けた示唆を提供することを目的とします。古典的なソーシャルキャピタル論を参照しつつ、現代のデジタル環境における「つながり」が持つ特性を分析することで、この重要な社会学的概念を現代社会に適用するための道筋を探ります。

デジタル環境におけるソーシャルキャピタルの構造変容

デジタル・ネットワークは、個人のネットワーク構造に顕著な変化をもたらしています。マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)が指摘したような「弱いつながり」は、デジタル環境においてその構築と維持が容易になり、情報伝達や新たな機会の獲得において一層その重要性を増しています。例えば、SNSを通じて多様な人々との緩やかなネットワークを構築することは、異なる情報や視点へのアクセスを可能にし、ブリッジング型ソーシャルキャピタルのデジタル形態として機能し得ます。

また、ネットワーク構造は物理的な場所性の制約から解放され、趣味や関心、専門性といった共通点に基づいたコミュニティ形成が促進されています。マニュエル・カステル(Manuel Castells)やバリー・ウェルマン(Barry Wellman)らが論じたように、現代人は地理的な場所だけでなく、多様なオンライン・コミュニティに同時に所属する「多重帰属(multiple embeddedness)」の状態にあり、個人のソーシャルネットワークはかつてないほど多層的かつ流動的になっています。これにより、特定の集団内での強固なボンディング型ソーシャルキャピタルと、多様な集団を横断するブリッジング型ソーシャルキャピタルが、デジタル空間と現実空間を跨ぎながら構築されるようになっています。

さらに、デジタルプラットフォーム上の活動データは、ネットワーク構造を可視化し、時にはアルゴリズムによってその形成が誘導されるという特性を持ちます。これは、個人のネットワーク選択の自由度を高める可能性と同時に、既存のネットワーク構造を強化したり、特定の情報や意見のみに触れる「反響室(echo chamber)」効果を生み出したりするリスクも孕んでいます。ネットワーク分析の手法を用いて、デジタル環境におけるネットワーク構造の特徴(密度、中心性、クラスタリングなど)を分析することは、ソーシャルキャピタルの構造的側面を理解する上で有効なアプローチとなるでしょう。

デジタル環境におけるソーシャルキャピタルの機能変容

ソーシャルキャピタルの機能、すなわちネットワークに含まれる資源を活用して個人の目標達成や集合的な利益創出に繋げるプロセスも、デジタル環境の影響を受けて変容しています。

情報アクセスの機能は、デジタル・ネットワークを通じて劇的に向上しました。特定の情報や専門知識を持つ人々とのつながりは、地理的な制約なく瞬時に構築され得ます。また、災害時や緊急時における情報共有や相互支援のネットワークは、デジタルツールによって迅速に形成され、集合的レジリエンスを高める機能を発揮します。

社会的支援の提供も、デジタル環境で新たな形態をとっています。感情的な支援は、オンラインでの共感や励ましによって提供され、道具的な支援は、クラウドファンディングやスキルシェアリングといった形で、物理的な制約を超えて動員されるようになっています。ただし、匿名性や非同期性が、支援の質や深さに影響を与える可能性も指摘されています。

集合行為や社会運動におけるソーシャルキャピタルの機能も重要です。ランス・リム(Lance Lim)らが研究しているように、デジタル・ネットワークは、地理的に分散した人々を迅速に組織化し、情報共有や意見形成を促進する強力なツールとなり得ます。これにより、かつては組織化が困難だったような小規模なグループや特定のイシューに関心を持つ人々が繋がり、社会的な影響力を持つ可能性が生まれています。

経済的な機能という側面では、ギグエコノミーやクラウドソーシングプラットフォームは、個人のスキルや労働力をネットワークを通じて市場化する新しい経路を提供しています。ここでも、デジタル環境における評判システムや相互評価といったメカニズムが、信頼構築とソーシャルキャピタルの活用において重要な役割を果たしています。

デジタルソーシャルキャピタルの課題と展望

デジタル・ネットワークはソーシャルキャピタルに新たな可能性をもたらしましたが、同時に重要な課題も提示しています。デジタルデバイドによるアクセス格差は、ソーシャルキャピタル形成における新たな不平等を生み出しています。また、情報過多、プライバシーリスク、そしてオンライン上でのハラスメントや誹謗中傷といった問題は、ネットワークの質や安全性を損なう要因となります。

さらに、アルゴリズムによる情報選別や同質性の高いグループ内でのコミュニケーションの閉鎖性は、異なる視点や価値観への接触機会を減らし、ブリッジング型ソーシャルキャピタルの形成を阻害し、社会的分断を深める可能性があります。ソーシャルキャピタルの重要な要素である「信頼」も、デジタル環境特有の偽情報(フェイクニュース)やボットによる操作などにより、その構築と維持がより複雑になっています。

これらの課題を踏まえ、ソーシャルキャピタル概念を現代社会に適用するためには、デジタルとオフラインの相互作用を考慮した統合的な視点が必要です。人々は両方の空間を行き来し、それぞれの空間で異なる種類の「つながり」を構築し、それらが相互に影響し合っています。今後は、これらの多層的な「つながり」が個人のウェルビーイングや社会システムに複合的に与える影響を分析することが求められます。

研究の展望としては、ネットワーク科学やデータ分析手法を社会学的な問いに応用し、大規模なデジタルデータの分析を通じてソーシャルキャピタルの動態や構造を実証的に捉えることがますます重要になるでしょう。また、メタバースやジェネレーティブAIといった新たな技術が、人間のインタラクションやネットワーク構造にどのような質的な変化をもたらすのかを予測し、それがソーシャルキャピタル概念にどのような示唆を与えるのかを探求することも、喫緊の課題と言えます。

結論

デジタル・ネットワークの普及は、ソーシャルキャピタルの構造と機能に多大な影響を与え、その概念を現代社会に適用するためには再定義が不可欠であることを本稿では論じてきました。ネットワークの規模拡大と弱いつながりの重要性、場所性からの解放と多重帰属、情報アクセスや社会的支援の新たな形態、そして集合行為における動員力の変化といった可能性が生まれる一方で、新たな不平等、分断、信頼性の課題といったリスクも顕在化しています。

ソーシャルキャピタルは単なるネットワークの量ではなく、その質、すなわちネットワークに含まれる規範、信頼、互酬性といった要素が重要であるという古典的な洞察は、デジタル環境においてもなお有効です。しかし、それらの要素がデジタル空間の特性とどのように相互作用し、構築・維持されるのかについては、さらなる深い考察が必要です。

現代における「つながり」の変容を理解し、それが個人、コミュニティ、社会全体に与える影響を捉える上で、デジタル・ネットワーク時代におけるソーシャルキャピタルの構造と機能を学術的に探求し続けることは、未来社会を展望する上で不可欠な研究領域と言えるでしょう。今後の研究においては、デジタルとオフラインの相互作用、新たな技術の影響、そしてソーシャルキャピタルの測定と評価方法の革新に焦点を当てることが期待されます。