つながりの未来論

「つながり」の変容がもたらす社会的包摂・排除の新たな構図:ネットワーク理論と社会的不平等の視点から

Tags: 社会的包摂, 社会的排除, ネットワーク理論, 社会的不平等, デジタル社会, ソーシャルキャピタル, つながり

はじめに:変容する「つながり」と社会構造

現代社会において、私たちの「つながり」のあり方は急速に変容しています。デジタルテクノロジーの普及、グローバル化の進展、働き方や居住地の流動化といった要因が複合的に作用し、物理的な近接性に基づいた伝統的な人間関係やコミュニティの形態は多様化・複雑化しています。このような「つながり」の変容は、単に個人の人間関係の質や量を変えるだけでなく、より広範な社会構造、とりわけ社会的包摂(social inclusion)と社会的排除(social exclusion)のメカニズムにも深い影響を与えています。

本稿では、現代社会における「つながり」の変容が、社会的包摂と排除にどのような新たな構図をもたらしているのかを、社会学におけるネットワーク理論や社会的不平等の視点から考察します。伝統的な「つながり」の理解と比較しながら、デジタル化をはじめとする社会変化が、個人のネットワーク構造やそこから得られる社会関係資本をどのように変化させ、結果として社会的な機会や資源へのアクセスにおける格差をどのように再生産・拡大あるいは是正しうるのかを論じます。

「つながり」と社会的包摂・排除の伝統的理解

社会学では、「つながり」は個人を社会に結びつけ、情報、資源、心理的サポートなどを交換するための重要な経路として理解されてきました。特に、ソーシャルキャピタルの概念は、ネットワークを通じた関係性が、個人の社会経済的な成功や地域社会の活性化に寄与することを示唆しています(Putnam, R. D. など)。伝統的な地域社会や職縁、血縁といった「強い紐帯(strong ties)」に基づくネットワークは、規範の共有や相互扶助を通じて、閉鎖的ながらも安定した集団内の包摂をもたらすbonding capitalとして機能してきました。

一方で、社会的なイノベーションや異なる情報・資源へのアクセスには、多様な人々や集団をつなぐ「弱い紐帯(weak ties)」やbridging capitalの重要性が指摘されています(Granovetter, M. S. の「弱い紐帯の強さ」など)。社会的排除は、しばしばこうしたネットワークからの断絶や、ネットワークを通じて得られるべき資源や機会へのアクセス不平等として現れます。特定の集団や地域に閉じたbonding capitalのみが強い場合、それは集団内の包摂を強化する一方で、外部からの排除を再生産する要因ともなり得ます。したがって、「つながり」は本質的に、包摂と排除という二重性を持っていると言えます。

現代社会における「つながり」の変容と包摂・排除の新たな様相

デジタルテクノロジー、特にインターネットやソーシャルメディアの普及は、「つながり」の形成、維持、切断のあり方を劇的に変化させました。物理的な距離や時間、場所の制約が緩和され、オンラインプラットフォーム上で多様な関心や目的を持つ人々が容易に結びつくことができるようになりました。これにより、ニッチな趣味のコミュニティから社会運動のネットワークまで、様々な形態の「つながり」が生まれています。

この変容は、社会的包摂に関して新たな可能性を開くと同時に、新たな排除のリスクももたらしています。

新たな包摂の可能性:

新たな排除のリスク:

ネットワーク理論・社会不平等の視点からのさらなる考察

これらの現象は、ネットワーク理論の視点から分析可能です。現代社会では、個人のネットワーク構造が、物理的なネットワークとデジタルネットワークの複雑な複合体(hybrid network)として構築されています。デジタルネットワークは、伝統的な社会関係の地理的・物理的制約を取り払う一方で、アルゴリズムやプラットフォーム設計といった新たな構造的要因によって強く影響されます。

社会的不平等の観点からは、これらの変容が、従来の社会階層や属性(所得、教育、地域、年齢、ジェンダー、民族など)とどのように相互作用し、新たな形の「ネットワーク格差」を生み出しているのかを問う必要があります。例えば、高学歴で情報リテラシーの高い層は、オンラインネットワークを効果的に活用して多様なbridging capitalを構築しやすい傾向があるかもしれません。一方で、低所得者層や高齢者など、デジタルアクセスやリテラシーに課題を抱える層は、オンラインでの機会から取り残され、既存の社会経済的困難がさらに深刻化するリスクがあります。これは、情報資本(information capital)やデジタル・ソーシャル・キャピタルといった新しい概念を導入した研究が必要であることを示唆しています。

また、ネットワーク構造自体の不平等も重要です。一部のインフルエンサーやプラットフォームが情報や「つながり」の流れの中心に位置し、構造的な中心性とそこから得られる恩恵が偏ることで、新たな権力勾配や不平等が生じている可能性も指摘されています(Castells, M. のネットワーク社会論など)。

結論:複雑化する「つながり」と未来への問い

現代社会における「つながり」の変容は、社会的包摂と排除の構図をかつてないほど複雑にしています。デジタル化は物理的な壁を取り払い、新たな包摂の機会をもたらす一方で、デジタルデバイド、アルゴリズムバイアス、オンラインリスクといった新たな形態の排除を生み出し、既存の社会的不平等を再生産・増幅する可能性も孕んでいます。

ネットワーク理論や社会的不平等の視点からこの変容を深く理解することは、現代社会が直面する社会的課題、特に格差の拡大や社会的分断に対処する上で不可欠です。「つながり」はもはや単純な人間関係の問題ではなく、社会構造そのものを規定しうる力を持っているからです。

今後の展望として、私たちはデジタルとリアルが複合するハイブリッドな社会において、いかにしてより多くの人々が多様で質の高い「つながり」にアクセスし、そこから得られる恩恵を享受できるような社会、すなわち包摂的なネットワーク社会を設計・維持していくのかという問いに向き合う必要があります。これには、デジタルインフラやリテラシーの格差是正、プラットフォーム設計における倫理的な配慮と透明性の確保、そして何よりも、テクノロジーを社会的な連帯や互助にどのように活用していくかという、継続的な議論と実践が求められます。変容する「つながり」のダイナミクスを多角的に分析し続けることが、分断ではなく包摂へと向かう未来を構想するための重要な一歩となるでしょう。